妙善寺~比良の丘~早稲田大学方面を歩く(所沢市民大学2年次グループ・ワーク)

前回は途中から雨が振り出したため、妙善寺から先へ行くことが出来なかった。今日は、前回休んだ人のために「所沢市埋蔵文化財調査センター」前に集合して妙善寺までは前回と同じコースを辿った。
ここでは妙善寺から先を記述することにする。
●妙善寺(三ヶ島妙善院)
資料によると、曹洞宗の寺で天正年間(1570年代)今から400有余年前に徳川の旗本、澤次郎左衛門の開基とされ澤氏の菩提寺になっている。
本尊は白衣観世音で行基の作といわれる。惣門より山門をくぐり、本堂に至る。山門には仁王様と2階には十六羅漢が安置、左手に地蔵堂、右手に慈母観音像が建立されている。
境内には嘉暦年間(1329)、今から約680年前作の「五輪の塔」がある。石に刻まれた文字は、宇宙の原理に基づいて構成されているという五輪、すなわち空・風・火・水・地の梵字である。この「五輪の塔」は埼玉県指定文化財、「旗本澤氏対面の絵」は所沢市の文化財になっている。三ヶ島小学校も当寺で開校したとのこと。
武蔵野33観音第14番札所

妙善寺の山門を出て南に行くと程なく小さな社に出会う。「金山神社」である。
●金山神社
門内さんの話だと、この近辺には鉱山があるわけでもないので、多分この付近に鍛冶屋さんが多く住んでいて、金属に関係することから「金山神社」が祀られたのではないかとのことである。
そう云えば所沢市金山町にもう一つ「金山神社」がある。こちらは、藤原鎌足之神霊、金山昆古神(カナヤマヒコノカミ)を祀っている。斎藤主計が良多武峯の談山神社から、金山権現を勧請し、ここに祀り、一族の繁栄と地域の平安を祈願したと伝えられている。

金山権現は古来鉱山の神、鍛冶の神として祀られてきた。鍛冶屋の神は鍛冶に使う金槌をあらわしているところから、男根信仰につながる生産の神と考えられているそうだ。
金山神社をあとにして埼玉県道179号(所沢青梅線)を横切り中氷川神社に向かった。

●延喜式内「中氷川神社」

延喜式(えんぎしき)とは、平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、三代格式の一つである。延喜式神名帳に記載のある神社を一般に式内社と言って社格の一つとされ、当時朝廷から重要視された神社であることを示している。現在では消滅したり不明となっている神社も多いとのこと。
「中氷川神社」の由来については、大宮の氷川神社と武蔵国国府(東京都府中)との「中」という意味と、大宮の「氷川神社」と奥多摩の「氷川神社」(奥氷川神社)との中央にあるため中氷川と呼んだとの説もある。「中氷川神社」は所沢市山口にもう一つある。


○中氷川神社の老木「欅」
中氷川神社の本殿の裏側に屋根がかけられて保存されている欅の老木があった。かなりの古木でである。「ずっと昔は神木内を住み場として青蛇・白蛇がたくさんいた」とか。。。






中氷川神社を裏に抜けると左手に早稲田大学所沢キャンパスの建物が目に入る。早稲田大学のあるこの丘が「お伊勢山」遺跡である。

●お伊勢山遺跡
所沢市三ヶ島及び堀の内にわたる範囲に位置し、現在の早稲田大学所沢キャンパス内である。お伊勢山遺跡は砂川堀の流れる2つの谷に東、北、西を囲まれ約13万㎡に達する。
お伊勢山遺跡では、旧石器時代、縄文時代(中期・後期)、古墳時代(中期・後期)、平安時代、中世、近世各時代の建物跡(竪穴住居・掘立柱)、粘土採掘壙、井戸、墓(地下式壙・竪穴・火葬)、溝、流路、礫群などが発見された。
縄文時代(早期・前期・晩期)、弥生時代後期については遺構の発見はなかったが土器・石器が出土した。(所沢市史より)

枝垂れ桜で有名な「金仙寺」付近の道端に茅葺の小屋と石仏群がある。
門内さんの話では集落のあちこちに散らばっていた石仏をここに集めたのではないかとのことだ。石仏には生花が供えられていた。地元の人が毎日生花を供えているのだろう。ここに住む人々のの優しさが伝わってくる。
暫くすると三叉路に出る。西側からの集落への入り口、集落を背にして庚申塔が立っている。
ここの庚申塔は社に入っている。ここでも地元の人たちの優しさが感じられる。庚申塔には「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られていた。 遠くで雷鳴が聞こえている。空は真っ黒な雲に覆われてきた。雨が降らなければいいがと思いながら歩く。グループの何人かは知り合いの人と挨拶を交わしている。市民大学の良さはこんなところにもあるのかと思う。

前方に緑の小高い草原が現れた。そこが目的地の「比良の丘」だ。



●比良の丘
所沢観光協会のホームページでは、比良の丘を「狭山丘陵の西端に位置し所沢で一番標高の高い絶景の丘」と紹介している。地元では「ブドウ峠」と呼んでいるそうだ。するとグループの一人が「私たちはハイジーの丘と呼んでいるよ」と云っていた。そう云えば、ハイジーが丘の向こう側から走ってきてもおかしくない風景だ。
ここが今日のゴールである。私たちは「金仙寺」まで戻り、そこから早稲田大学所沢キャンパスに向かった。早稲田大学からは小手指駅行及び所沢駅行(本数は少ない)のバスが出ているので、それに乗車した。